2014年09月26日

LALA11月号 夏目友人帳感想

ずいぶんご無沙汰してしまいました、申し訳ありません…。
最近、LALA本誌がちょっとパワーがなくなったというか、好きな作品は好きなんですが、全部に対して一言感想を書けるほどの愛着が持てなくなっていて…。
残念ながら、しばらくは、隔月の夏目友人帳の感想だけに現れることになりそうです。

というわけで、夏目の感想です。
やっぱり隔月連載だからでしょうか、読み切りと相性がいいのかもしれません。今回も読み切りです。以下ネタバレなのでたたみます。


石洗い様という、神様ではないけれど、ただの妖しよりは位の高い存在が今回のゲスト主人公。夏目の住む街のあたりで消息を絶った弟子を探す石洗いのナナマキ様と、積極的に彼の弟子捜しに関わろうとする夏目。

すごくわかりやすく、夏目の変化を表した回だと思いました。
石洗い様の洗った石の美しさに惹かれ、写真に撮って名取に送ってみようかとか、田沼や多軌に見せてやりたいという自分の考えに気付いて、ああ、自分は一人ではなくなったんだな、と思う夏目の瞳は穏やかです。
少し前の夏目だったら、そのことにうろたえたり困惑したりしていたと思うのですが、現在の夏目は、そんな自分の変化をおおらかに受け止められるようになっている。

また、ナナマキ様の弟子捜しに「犬の会」のメンバーをかり出すとき、以前ならすまながっていたはずの彼ですが(まあまだ多少すまながっている部分はありますが)、今回は「言うことを聞いて俺に恩を売っておくのもおいしいかもしれないぞ」と駆け引きめいたことを言う。これもまた、変化だと思います。あやかしとのつきあいの距離感を覚えたというか。人に対するのとはまた違う、積極性がそこにはあって。自分から発信していく力を、あやかしとのつきあいの中で夏目は学んでいるのかなと。

この変化を夏目にもたらした土台が、藤原夫妻なのだなと思います。
何があっても本当におおらかに夏目を受け止めて、受け入れて、手を広げて待っていてくれる存在。夏目に信頼とはどういうものかを言葉ではなく行動で教えてくれたような存在があればこそ、夏目はこうして成長することが出来たのだなと思います。

だからこそ、夏目は弟子を探すナナマキ様を放っておけなかった。というよりは、ナナマキ様が大事に思う弟子を放っておけなかったのだと思います。
弟子のことを思いながら眠る夏目が、自分もいつかはここを旅立つのだろうか、旅だった自分はどうするだろうかと考える場面もまた、夏目の変化の現れです。
きっと手紙を出すだろう。つながっていたくて、戻りたくて、という言葉には、妖しと関わり続けなければならない自分に引け目を感じずにすむようになって、つながりつづけることを恐れなくなっている夏目の『現在』が現れているように思うのです。

悪さをする妖しと勘違いされて封印されてしまった弟子のアズマは、石洗いの力を失っており、それがためにナナマキのいる美しい郷に帰ることはもう出来ず、ナナマキにはもう会えないと姿を隠していたのですが、会いたくて来たというナナマキの声に応えて姿を現します。
あんなに育てていただいたのに、もう石は洗えなくなりましたと泣くアズマに夏目は何を見たのでしょうか。
現れたアズマを抱きしめて泣いて、郷に帰れないなら二人で旅でもしよう、郷に代わる場所を見つけに行こうと告げるナナマキに何を見たのでしょうか。
具体的にそのことは語られず、ただ、二人がいつか、郷に代わる美しい場所を見つけられればいい、と願うのみで話は終わるのですが、最後の最後に悪戯書きの花を、はからずも塔子さんに見られたことで、夏目は塔子さんに、自分が見てほしいと思っていた美しいものを見せることが出来たわけですよね。
これはあくまで偶発ですが、少しずつ、妖しだけでなく人に対しても発信していくことが出来るように、…変化していってくれるといいなと思います。

余談。……緑川先生は、あの手の「花」がお好きだなあと思いました。以前の、夏目物ではない読み切りにも、あの形の花が印象的に使われていて、すごく心に残りましたっけ。
posted by 麻井由紀 at 01:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 夏目友人帳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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