2011年07月10日

ブログイベントリクエスト小説その1「敗荷」


一番最初にコメントいただいた、ゆたか様のリクエストです。

アシュ×忍人、お題はなし。

タイトルは「やれはす」と読みます。花が終わった秋口の蓮のことをそう呼ぶそうです。
いただいたお題は×だったのに、まだ+な関係の二人で申し訳ありません。ご期待に添えたかどうか。
ゆたか様、お楽しみいただければ幸いです!!

リクエスト、ありがとうございました!!


前方を歩く忍人が、何かからふいと顔を背けた。
何気ないそんなそぶりがことさらに目に着くのは、彼がいつもきりりと背をただし、まっすぐに前を見て進む人間だからだ。何かから逃げることなどしない。真っ向から向かっていく。
今でこそ味方だが、仮に敵のままであっても、忍人のそういうところはひどく好ましいと常々アシュヴィンは思っていた。
そんな彼が、一体何から目を背けるというのだろう。アシュヴィンはかすかに首をかしげて、忍人が顔を背けたあたりに目を向けた。
熊野は基本的に山がちな土地だが、紀の村に近いあたりは平たくなだらかな土地も増える。大きな川が近いせいか、じめじめと湿りがちの場所もある。田として耕作しにくいからか、そのあたり一帯は水田ではなく蓮田になっていた。蓮の実や蓮根などをとって食料にするのだろう。
春夏の蓮田は、青々とした葉が広く大きく茂ってみずみずしく、時期ともなればそこにうす桃色のつぼみや花が次々に可憐な首を伸ばし、実に愛らしく、風情のあるものだ。
しかし、今は秋だった。既に蓮の実は収穫され、おそらく後日蓮根を掘り起こそうと、そのままにしてあるのだろう。葉は破れ、ところどころ茎が折れ、なんとも寒々しい、無惨な風景が広がっている。
だが、ことさらに目を背けるような場所ではない気がする。それとも、今は見えないだけで、何か厭な毒虫でもいたものか。
考え込んでいると足が止まった。
いつもならさりげなく促してくるリブは、今日は船に残って、残った兵達の戦列の組み直しを考えている。千尋が、八葉の仲間だけを連れて出たためだ。
誰にも促されずにぼんやりしているアシュヴィンを見かねたものか、先を行っていた忍人がわざわざ引き返してきた。
「行こう、アシュヴィン。…何をしている、何かあったのか?」
声をかけながら、忍人はやはり少し顔をしかめている。アシュヴィンは推し量るように忍人を見た。
「お前こそ、何があった?」
「…は?」
「何を嫌悪した?」
「……」
そこで忍人ははっと気付いた顔になった。どこか恥じるように少しアシュヴィンから目をそらす。やはり蓮田は見ない。アシュヴィンはもう一押し問うてみた。
「ここで顔を背けただろう」
「君が気にかけるようなことは、何も」
「気になった」
「……」
「話せ」
尊大な言い方に忍人はため息を一つついたが、あらがいはせず、素直に口を開く。
「……敗荷が嫌いなんだ」
「……やれはす?」
「こうして花の時期が終わって、けれどまだ枯れきってはいない蓮のことを、中つ国では敗荷と呼ぶんだ」
「…何故、そんなものを嫌悪する」
「……戦いの後を、思い出すから」
「……」
忍人は、眉をひそめるようにして笑った。
「君にはわからないだろうな。…勝ち戦で颯爽と引き揚げていく側には。…頼むから誰か無事で生きていてくれまいかと願い、はいずり回って倒れた身体の命を確かめ、落胆する、…そんな繰り返しなど」
「……」
「……俺には、あの重たげな葉が首に、細い茎が身に刺さった矢や槍に見える。だからつい、顔を背けた。…それだけだ」
アシュヴィンは腕を組んで忍人の独白を聞いていた。語り終えた忍人が少しまたアシュヴィンから顔をそらす。風が蓮田を吹いて、ざわざわと音を立てていく。
やがて。アシュヴィンは息を一つ吐いた。
「…忍人。お前は二つ思い違いをしている」
「……?」
「戦の終わった戦場を、清しい思いで見る者などいない。勝者も敗者もそれは同じだ」
「……」
「それからもう一つ。…これはただの蓮だ。人ではない。ましてや死者ではない」
「……っ」
そんなことわかっている、と言いたげに、忍人が強い瞳でアシュヴィンを見た。しかしアシュヴィンはたじろがず、忍人を見つめ返した。
「ものに何かをなぞらえ、遠ざけるなど、およそお前らしくもない。…まっすぐ前を、物事の真実だけを見る。……それが、俺の知る虎狼将軍だ」
「……っ!」
忍人が鋭く息を呑んだ。
一瞬の間。
はらり、と。…何かが落ちた気がした。
「アシュヴィン」
その、少し穏やかに聞こえる声に、曇っていた忍人の目が晴れたのだと気付く。苦く歪んでいた瞳は、丸く清らに見開かれて、アシュヴィンと目が合うと、ふわり、笑んだ。
「…君の言うとおりだな。俺はどうかしていた。……今話したことは忘れてくれ」
「…ああ」
アシュヴィンがうなずくと、忍人は頷き返して、穏やかな瞳で蓮田を見た。
「…君のおかげで、…これからはこの花を好きになれそうだ」

秋風が静かに、二人の間を吹きすぎていった。

posted by 麻井由紀 at 00:37| Comment(0) | TrackBack(0) | ブログイベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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