2010年08月28日

アンサー

前記事でいただいたイラストに、アンサーソングならぬアンサー小説をつけてみました。
突発で、おまけに今まで書いたことがないジャンルのパロディなので、いろいろ至らぬところはお目こぼしでお願いします…。
ご興味のある方だけ、続きへどうぞです。

*********

「坊、そんなに急がなくても、桐山との待ち合わせまでまだ時間はあるぞ」
それは静かな声だったが、二海堂はいきなり襟首を掴まれた猫のような顔をして兄弟子を振り返った。
懐手で下駄を鳴らしながら参道を歩く島田は、穏やかに笑っている。
「…すいません」
「いや、別に謝らんでもいいさ。…はやる気持ちはわかる。ずっと楽しみにしてたもんな」
「はい。…兄者についてきていただけて助かりました。花岡が急に腰を痛めて歩けなくなって、そのくせ僕一人では非衛生なものを食べるに違いないから行かせられないと言い張ったものですから」
「ははは」
這ってでもついてきそうだった二海堂のじいやの顔を思い出し、島田は思わず声に出して笑った。
「せっかくの桐山の招待を無駄にするところでした」
「確かに意外な誘いだな。桐山は夏祭りのような外出を楽しむタイプには見えないんだが」
「そんなことはありませんよ!」
なぜかむきになって二海堂は否定した。
「桐山とて年頃の男子です!」
……年頃の男子イコール夏祭りなんだろうか、二海堂の中では。
「きっとあやつだとて大好きに違いありません!だから誘ってくれたのです!金魚すくいやヨーヨーつり、わたあめにやきもろこし、りんごあめにチョコバナナ、焼きイカにスノーボール……」
途中から夜店の名前は食べ物の羅列にかわり、おまけに二海堂はうっとりと宙に目をさまよわせ始めた。
おいおいと島田は苦笑する。
お前がそういうものをうかつに暴食しないように、俺がストッパーとしてきているんだろう。
そうたしなめようと思ったとき。
ごほん、という咳払いが聞こえた。
条件反射のように二海堂が口をつぐむ。
「…?」
島田は訝しく辺りを見回した。だが、人々が行き交う参道に怪しげなものは特にない。
「……?」
首をひねりつつ島田は二海堂に向き直る。
「そういや、坊。…一度聞こうと思っていたんだが」
「はい?」
「桐山は知っているのか?…坊の身体のこと」
二海堂の顔が曇る。そうしていると、年の割に幼い顔が大人びて見えた。
「知りません。……もちろん、身体が丈夫でないことはうすうす感づいていると思いますが、実際の病気については話していませんし、…これからも決して、話すつもりはありません」
もし話したら。
「…あいつは、大事な勝負のとき、手をゆるめるかもしれない」
島田は片目をすがめた。
「…桐山は、そういう奴じゃないと思うがなあ」
「…僕も思います」
矛盾したことを言って、二海堂は苦く笑った。
「本来は、勝負にそんな甘っちょろいことを言う奴ではないはずです。……でも、あいつも人間です。……目の前で、もし、……もし僕が」
二海堂はそこから先を呑み込んだ。
島田は黙って弟弟子を見つめる。その視線が一瞬ちらりと動いたが、すぐに元に戻った。
二海堂は息を吸い、
「…そのときあいつの手がゆるまないと、断言できますか。兄者」
挑むような目で島田を見た。
島田は小鬢のあたりをがりがりとかいた。
「…断言はできんなあ」
「……。…だから。…何があっても、桐山にだけは絶対知らせません。あいつは僕の、終生のライバルなんです」
二海堂は噛みしめるように言って、その丸い手を握りしめた。
かすかに鼻をすするような音が聞こえるが、もはや島田は視線を動かすことすらしない。ただ静かに二海堂に声をかける。
「……そうか」
「…ですから、兄者」
「言わんよ」
急き込むように何か言いかけた二海堂の機先を制するように、島田はさらりと言って笑った。
「俺はお前と約束したからな。…誰にも言わない」
「……ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げそうになる二海堂をおいおいと止めて、……島田はもはや苦笑がこらえきれなくなった。
「ところでな、坊」
「はい」
「花岡さんは元気そうだな」
「………っ!!!」
二海堂の目と口がまん丸になった。元々顔も丸いので、丸が四つだ。
「さっきからどうにも見られているような気がするなあと思ってな。…一応は俺たちもプロの棋士だしテレビに出ることもあるから、顔を知っている人がいるのかもしれないと思っていたんだが、…ちがうな」
二海堂の顔が焦り始める。もともと嘘はつけないタイプだ。焦燥が露骨に顔に出ていた。
「い、いえ、そんな、花岡はおとなしく屋敷で伏せっているはずですからっ!」
「そうか?…この暑い中、びしっと白いスーツに蝶ネクタイ、直立不動でハンカチ片手に涙を拭きながら熱くお前を見つめる人が他にいるとは思えないが。…あれだけまっすぐ立てるなら、腰はたいしたことがないんだろう」
「他人です!他人のそら似です!!」
焦りでぱつんぱつんの顔で、なおもちがいますと言いつのろうとした二海堂だったが、
「坊」
静かに島田に呼びかけられて、ふしゅうと空気が抜けた。
「桐山を仲間に引き入れて、わざわざ花岡さんに芝居を打たせてまで、俺を連れ出したのか。なぜだ?」
かくりと二海堂の肩が落ちる。…これ以上の抗弁は無駄と、あきらめたらしい。
「……桐山を仲間に引き入れたわけではありません。……元々、あいつの発案です」
「……」
島田は少し目を見開いた。
「自分は兄者にたくさん助けてもらったから、…何か恩返しをしたいと。……夏でもきっと、手合い以外は自宅で研究ばかりしているんだろうから、縁日にでも行けば気分転換になるんじゃないかと、…そう言うので」
でも、ただ誘うだけでは出てきてもらえないかもしれない。
「桐山はそう言いましたし、僕もそう思いました。…だから、花岡に言って一芝居打ちました。……だましてすみません、兄者」
「……いや」
島田はまた懐手で空を仰いだ。つなげて灯された提灯と、夜店が掲げる白熱灯とが、ボールチェーンのように夜空を彩る。
「……気を遣わせたなあ」
喉にからむ声でつぶやくと、二海堂は強い声でそれを遮った。
「ちがいます、兄者」
「……?」
まっすぐな目が必死に島田を見つめている。
「俺も桐山も、兄者が大好きなのです。…それだけです。…気を遣うとか遣わないとか、そういうことではないのです」
子犬のような瞳を見て、島田はまた笑った。何か温かく柔らかいものが、ゆっくりと心に満ちてくる。
「……そうか」
「はい」
「……ありがとう」
「……はい」
そのまま、会話は途切れた。人がどんどん増えてくる中をかきわけるようにして二人、歩き続ける。
ようやく神社の鳥居が見えてきた。待ち合わせの相手は、華やかな浴衣姿の女の子を大中小と従えて、おろおろと辺りを見回している。
「目立つなあ」
「ええ。女性をエスコートし慣れていないのがまるわかりで、悪目立ちしていますね」
「……厳しいなあ、坊」
二海堂はふわふわと笑い、大きく両手を振って桐山に向かって走り出した。その後をゆっくりとついて歩きながら、島田はもう一度空を見上げた。

……さあて。……仕切り直すか。
posted by 麻井由紀 at 00:10| Comment(2) | TrackBack(0) | 他の小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
うおおおおおーーーーーーっっっ!!!
ま、まさかこんなすごいものがアンサーで返ってこようとは…!
いや、いつもあさい嬢の小説にはうなるのですが…こう来ますか!!
やられた…。
坊がかわいすぎて転げますよ!
そして、島田八段がものすごくかっこいいんですけど!!
いけない、いつも思いますが…負けた!といいましょうか、脱帽です。
予想もしていなかったアンサーに転げました、ブラヴォー!
Posted by 風水 at 2010年08月28日 01:12
イラスト作者ご本人にこんなに驚いていただけるなんて、冥利に尽きます……!
最近はご無沙汰ですが、以前小説に挿絵をいただいていた頃、小説の中身以上に物語る絵に、毎回うなっておりました。
いつか逆パターン、絵をいただいてその絵を元に小説を…と思っておりましたですよ、実は。

島田八段がかっこいいのはデフォルトなのですよ。だって私が好きだから。
そして、坊がかわいいのもデフォルトなのですよ。だって私が(以下略)。

喜んでいただいて、書いた甲斐がありました!コメントありがとう!!
Posted by あさい at 2010年08月28日 21:46
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